Silver Bullet Automatic

Master×Re:master

ショートストーリー

第一話 夏の日の序曲

ピンポーン。

『…………』

ピポピポピポピポピンポーン。

『…………』

インターホンを何回押しても全然返事がない。
留守……なんかじゃないよね?
クーラーの室外機、ガンガン動いてるし。
しょーがないな、えい。

ピポピポピポピポピンポーン。

『…………』

相変わらず、何の反応もない。
もう……慣れてるから別にいいんだけどさ。
それにこんな時のための必勝アイテム……おじさんからもらったこの合鍵で……よいしょっと。

ガチャッ。

玄関の扉を開けた途端、ひんやり冷たい風がわたしの頬をすっと撫でる。
何よ、やっぱりいるんじゃない。
靴だってちゃんとあるし……弓の分際で居留守なんて使ってくれちゃってさ。

でも……多分そういうことじゃないんだな、ってことは分かってるんだよね。
夏休みの昼下がり、しかもこんなに暑い日だもん。
きっと弓の奴、お昼寝でもしちゃってるんでしょ。
ふふっ、せっかくのお休みに惰眠なんか貪っちゃってる奴は、この七海ちゃんが性根を叩き直してあげちゃうんだから。
ふふふふふ……気配を殺して息を潜めて、そっとそーっと……。

カチャ、キィ……。

第一話 夏の日の序曲

ふふっ、やっぱり寝てた。
ちゃんと着替えてるし、朝からずっと寝てた……訳じゃないよね?
うん、ゴミ箱も空っぽだし、お部屋もきちんと片付いてるし、弓はこういうところは几帳面で偉いよね。
でも……こんな時間にメールやお客さんが来ても気づかないくらい爆睡してるのって、良くないぞー。

『こーらっ! 弓っ、おっきろーーーっ!!』

大きく息を吸い込んで、弓の耳元で力いっぱい声を出す。

でも……。

『ZZZZZ……』

はぁ……はぁ……昔は一発で飛び起きてたのに、最近ではぴくりともしてくれない。
本当……弓はしょーがないんだから。
あんまり手荒な真似、したくないんだけど……。
そんなこと考えながら、弓の顔を覗き込んでると、いつの間にかその瞳は開いてて、寝ぼけ眼でわたしの顔をじーっと見てる。

『弓……起きた?』
『また……勝手に人の部屋入ってきて……』
『あっ、そんなこと言うんだ。メールもしたし、電話だってしたし、ピンポンだって何度も鳴らしたのに!』
『あ、そうなんだ……んっと……んっ……本当だ……メール5通に着信10回とか……出しすぎだろ……』
『だって急ぎの用件なんだもんっ! ママがね、今夜の御飯、弓くんも一緒にどうかしらって』
『晩飯の話だったら……何もそんなに急がなくても』
『早めに言っとかないと、弓もごはん作っちゃうかもしれないじゃん。それにフラフラどっかに出かけちゃうかもしれないし』
『まぁ……それもそうかもね』

弓が頭を掻きながら、身体を起こした。

『晩飯の用意も特にしてないし、分かった……今日はお世話になろうかな。ありがとうな』
『えへへへへ、お礼ならママに言うべきだね。それでさ……』
『弓、晩ご飯まで暇? お腹出して爆睡してるくらいだもん、暇だよね? っていうか、晩ごはんご馳走するんだもん、わたしの言うこと聞く義務があるよね?』
『礼ならおばさんにって言ったばっかりなのに……で、なんなの』
『ふふふふ~ん♪ ほらほら弓、ぼーっとしてないで外出の準備! お財布忘れちゃ駄目だからね!』
『こ、こら、寝起きなのに引っ張るなって……なんだよ、一体何処に連れてこうってんだよっ!』
『いーからいーから、行けばわかるよっ!』

第一話 夏の日の序曲

――2時間後。

『うっ……お、重い……またいっぱい買い込んだな……しかも妖怪図鑑とか悪魔事典って、また胡散臭い本ばっかりだね……』
『ふふふふふ、『在庫開放古書バーゲンセール』が今日までだったんだよね~。わたしひとりだと持って帰れないから、弓に手伝ってもらおうって思ってたんだよ』

古書街のバーゲンセール、掘り出し物一杯で満足まんぞく♪
弓は『子供向けの本』とか『胡散臭い』とか言うけど、そんな本も決して馬鹿には出来ないんだよね。

『ぐ……こんなにいっぱい買っちゃって……夏休みの間に全部読みきれるのか?』
『そんなに慌てて読むつもりないもん。部室に置いとくから、弓も読みたい本があったら読んでいいからね』
『どうせ部室に運ぶのも俺なんだろう? 夏休みの間に部室行くなら、だいたいいつくらいになるか教えてくれるとありがたいんだけど』
『後で冴香先輩や吹雪先生に連絡しとくから、決まったら教えてあげる。それよりもさ……弓、すごい汗だよ?』
『まあ、このクソ暑い中、こんなに重い荷物持ってればな』

『それもそっか。じゃあ弓、さっさと帰ろうよ。今の時間だったら電車も空いてると思うしさ』
『…………』

早く地下鉄の階段降りて、エアコンの前で冷たいジュースでも飲んで休もうよ――。
って言葉をかけようとしたのに、なんだか弓が物凄く怖い顔をしている。
なんなんだろう……具合でも悪くなっちゃったのかな?

『弓? どうしたの? 気分でも悪い?』
『あ、ああ……ごめん、そういう訳じゃないんだ』
『???』

弓の言う通り、顔色も普通だし、声も普段より大きいくらいで、具合が悪い……というのじゃなさそう。

弓は子供の頃から……たまーにこんな顔することがある。

わたしがムカっとなってどんな酷いこと言っても、ついついぽかぽか叩いちゃっても、笑って受け流してくれる弓なのに、たまに見せるこの怖い顔。
馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、この顔してる時って、何だか弓が別人になっちゃったみたいでちょっと怖いんだよね……。
そして、こんな時は決まって――。

『やめとこう。せっかく街に出てきてるんだから、慌てて帰らなくてもいいじゃないか』
『えっ?』
『どうせ夏休みに出かけるのなんて、多分これが最後なんだから、ちょっとどっかでお茶でもして行こうぜ』

普段はわたし発の意見を黙って聞いてくれる弓が、こんな風に有無を言わせない感じで言ってくる。

何だかとても不思議な感じがするけど、でも……弓の言うこと聞くのも、わたしは全然嫌じゃないんだよね。

『はは……珍しいこともあるもんだね。弓から誘われちゃった♪』
『あ…嫌、だったかな? それとももう、早く帰りたくて仕方ない?』
『ううん、そんなことないよ? ふふ、じゃあ喫茶店に入るまで、荷物半分持ってあげるね」
『おっ、なんてお優しいお言葉。珍しいこともあるもんだ』
『もー、失礼だなぁ。ほらほら、お茶するんだったらさっさと行こ行こ!』

第一話 夏の日の序曲

そんな、いつもと変わらない、わたしと弓の夏休みのとある一日――。
ずっと、こんな日々が続くんだって、まだこの頃は無邪気にそんなこと考えてた。

でも、そんなことは有り得ない……わたしたちはこの夏が終わった時に、そんな残酷な事実を知ることになった。
そして、弓の怖い顔の裏側に隠されてた秘密も――。
だけど、これだけは言える。

どんなことがあったってわたしはわたし、弓は弓なんだから――。
だから、これからだってずっと、これまでみたいに――一緒に居てくれなきゃ、許さないんだからね?